知覧町 武家屋敷群と特攻記念館
そばで満腹(ほんとは腹八分)になって、観光へ

共通見学料500円を払えば、8つの武家屋敷跡の庭園に入場できる

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  武家屋敷の通り

  この知覧町は鹿児島一のお茶の産地
  ということでなのか
  塀の代わりの生け垣も、
  お茶だったりしてびっくり



昔の武家屋敷の作り

二つ家と言って
一つの家屋がドーンとあるのでなく
途中で角がついて
もう一棟くっついてる造り
   080113 (37)

武家屋敷跡には、今も人が住んでおり、庭園のみ見学可能
外から推測するだけだが、家屋も相当広大
古い造りながら、未だ立派なたたずまいだ





そこから車で移動して、知覧特攻記念館へ

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  知覧町には
  第二次世界大戦時に
  特攻基地があったため、
  このような記念館が作られた



戦争に関するMuseumは、どこも同じ様相だ
ここでは、特攻基地から飛び立って、
二度と戻ってこれなかった方たちの遺影と遺書がずらり。
もう、まともに遺影も見てられないし、遺書もじっくり読んでいられない。

沖縄のひめゆりもそうだった、広島の原爆ドームでもそう、
そしてアメリカワシントンのホロコーストも同様。
わが子がもしこのような事になったらどうしよう、
そんな時代が再びやってきたらどうなるだろう・・・
もちろん今でも世界のいろんな所で戦いが行われてる
だけど、今のところ幸せに生活できてる私たち


90歳になったばあちゃん(タロにとってはひいばあちゃん)は、大戦時に満州に渡った。
今でこそ、そこでの生活を、面白く話してくれることもある
だけど、私の母より先に生まれていた二人の息子(母にとっての兄)は、
満州からの引き上げ時、その混乱と過酷な状況により命を落としてしまった。
「同僚の奥さんの子どもも死んでねえ、
 一緒にあそこで焼こうって言って、途中の原っぱで焼いたんよ」
6歳と3歳の子どもを一度に亡くした時の悲しさ、
その亡き骸を自らの手で焼かなければならなかった事実



何が正しくて、誰が正しいのか
強いものが正しいのか


二度と戻れないとわかっていて、空へ飛び立った特攻隊員の方たちの気持ちは
それを手を振って見送る事しかできなかった家族の気持ちは




テーマ:小さなしあわせ - ジャンル:日記

【2008/01/22 11:38】 | 鹿児島 お出かけ | コメント(2) | page top↑
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コメント
はじめまして。

カミタクこと神山卓也と申します。

拙HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内のサブ・コンテンツ「知覧特攻平和会館訪問記」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKAN52.HTM
から、貴記事にリンクを張りましたので、その旨、報告申し上げます。

今後共、よろしくお願い申し上げます。
【2008/07/20 15:18】 URL | カミタク(リンク先は「知覧特攻平和会館訪問記」) #O/BmnR6Q[ 編集] | page top↑
カミタクさん、こと神山卓也さん、
ご丁寧にごあいさつをありがとうございます。
私の記事をそのように載せていただき、うれしく思います。
たくさんの観光&温泉記事でいっぱいで、以前からカミタクさんのHPを覗かせて頂いていました。

これからも、お世話になります。
こちらこそよろしくお願いいたします。
【2008/07/23 09:07】 URL | あおぞら #GjobApOI[ 編集] | page top↑
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