そばで満腹(ほんとは腹八分)になって、観光へ
共通見学料500円を払えば、8つの武家屋敷跡の庭園に入場できる

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武家屋敷の通り
この知覧町は鹿児島一のお茶の産地 ということでなのか 塀の代わりの生け垣も、 お茶だったりしてびっくり |
昔の武家屋敷の作り
二つ家と言って 一つの家屋がドーンとあるのでなく 途中で角がついて もう一棟くっついてる造り |

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武家屋敷跡には、今も人が住んでおり、庭園のみ見学可能
外から推測するだけだが、家屋も相当広大
古い造りながら、未だ立派なたたずまいだ
そこから車で移動して、知覧特攻記念館へ

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知覧町には 第二次世界大戦時に 特攻基地があったため、 このような記念館が作られた |
戦争に関するMuseumは、どこも同じ様相だ
ここでは、特攻基地から飛び立って、
二度と戻ってこれなかった方たちの遺影と遺書がずらり。
もう、まともに遺影も見てられないし、遺書もじっくり読んでいられない。
沖縄のひめゆりもそうだった、広島の原爆ドームでもそう、
そしてアメリカワシントンのホロコーストも同様。
わが子がもしこのような事になったらどうしよう、
そんな時代が再びやってきたらどうなるだろう・・・
もちろん今でも世界のいろんな所で戦いが行われてる
だけど、今のところ幸せに生活できてる私たち
90歳になったばあちゃん(タロにとってはひいばあちゃん)は、大戦時に満州に渡った。
今でこそ、そこでの生活を、面白く話してくれることもある
だけど、私の母より先に生まれていた二人の息子(母にとっての兄)は、
満州からの引き上げ時、その混乱と過酷な状況により命を落としてしまった。
「同僚の奥さんの子どもも死んでねえ、
一緒にあそこで焼こうって言って、途中の原っぱで焼いたんよ」
6歳と3歳の子どもを一度に亡くした時の悲しさ、
その亡き骸を自らの手で焼かなければならなかった事実
何が正しくて、誰が正しいのか
強いものが正しいのか
二度と戻れないとわかっていて、空へ飛び立った特攻隊員の方たちの気持ちは
それを手を振って見送る事しかできなかった家族の気持ちは